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殿、利息でござるのネタバレ、結末 実話を元にした感動の物語

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磯田道史氏の著書「無私の日本人」の中で紹介されている

穀田屋(こくだや)十三郎の史実を元に映画化された

「殿、利息でござる」

 

著者である磯田道史氏は穀田屋十三郎についての

古文書を読んだ時に思わず泣いてしまったという。

 

今回は1人の男の生き様を紹介していきます。

 

 

 

登場人物などはこちらを参照

殿、利息でござる 公式サイト

 

ストーリー

時は1766年。

仙台藩にある吉岡宿という宿場町には

「伝馬(てんま)」と呼ばれる物資を馬で輸送する制度があった。

 

伝馬の負担する馬などの買い付けをするのは

藩ではなく宿場に住んでいる人々だった。

 

そのため

町の財政は悪化し、夜逃げ・破産などが相次ぎ

町は疲弊しきっていた。

 

その状況を憂いていた酒屋の穀田屋十三郎は

役人の訴状を出そうとするが、茶師の菅原屋篤平治に

「そんなことをしても無駄だ。」と止められる。

 

しかしこのままではただ宿場が滅んでいくだけだと悩む

穀田屋は菅原屋に知恵を求める。

 

その場ではいい案が出ず、適当な返事をするが、

菅原屋は穀田屋の弟から金を借りており、

その利息が高くて困っていると嘆いている時に

「利息か、、、」と閃く。

 

そこで穀田屋に提案したのは

「仙台藩に1000両(およそ3億円)を貸し、

 1年に1度利息として100両を受け取り

 その金で伝馬の負担をすればいい。」

だった。

 

とはいえ、

普通なら集める事はできない途方も無い金額だったので提案した

菅原屋本人も「ただの夢物語」だと笑い飛ばした。

 

しかし、穀田屋は菅原屋の提案に夢を見る。

果たして穀田屋の夢は叶うのか、、、?

 

ネタバレ

宿場を救うべく穀田屋が集めるお金「1000両」は

現在の価格でいうと約3億円です。

 

それを1人で集めるとなると不可能なので

穀田屋は有志を募って1人が負担する金額を軽くしようと考えました。

 

自分で言ったことだったが、

菅原屋は面倒に巻き込まれたくないと

なんとか穀田屋を諦めさせようとします。

 

「まずは"肝煎"に相談してみよう」

肝煎は村の村長的な役割の人で

藩からの指示などを村人に伝える役目などがありました。

要は「藩側の人間」です。

 

肝煎に相談すれば反対されて終わりだと判断した

菅原屋は穀田屋と肝煎の元へ向かいます。

 

覚悟を決め、肝煎に打ち明けると、

肝煎も伝馬には反対で、村の負担を軽くしたいと考えていました。

 

菅原屋の目論みは外れてしまいます。

ならば次はと、「大肝煎に相談しよう」と持ちかけます。

 

大肝煎は肝煎りを束ねる役職で

百姓が差せない傘を差せるなど偉い立場にあり、

ちょうど武士と百姓の間の存在です。

 

そこでなら、と菅原屋は予想したのですが

予想に反して大肝煎も穀田屋の案に賛成したのです。

 

藩に穀田屋の願いを届けるまでのルートはできました。

あとはお金を集めるだけですが、、、

 

お金集めがなかなか進みません。

穀田屋たちは家財道具をすべて売り払いますが

それでもまったく足りず、困ります。

 

そんな時に両替屋の遠藤寿内が儲け話と勘違いして

お金を出した事で1000両へのゴールが見えてきます。

 

何年もお金を貯める活動をしていたので

その動きが徐々に村人にも知れてしまいます。

 

その噂を聞きつけたのが穀田屋の弟の浅野屋甚内が

1人頭5百貫(約3000万)出している所、1千貫出すと言います。

 

守銭奴で知られる浅野屋が1千貫も出すと知り、

穀田屋は「あいつが参加するのなら自分は降りる。」と言います。

 

実は穀田屋は長男であるにも関わらず7歳の時に養子に出されていました。

 

その悔しさから穀田屋は同じ酒屋として

浅野屋に負けぬよう努力してきましたが、

浅野屋があっさりと1千貫出してきたので負けたと思います。

 

父親や弟に負けたくないと執着する穀田屋を見て

菅原屋は「父や弟に負けたくないからお金集めを始めたのか?」

と聞かれ、何も言い返せませんでした。

 

自分が出した5百貫はそのままでいいから

とりあえずこの話からは降りるといってその場を立ち去ります。

 

 

浅野屋の申し出により1000両に到達したので

大肝煎は藩に願い出る為、橋本権右衛門の元を訪れる。

 

話は藩の財政責任者の萱場杢 (かやばもく)に書状を届けるが

一言、「話になりません。」とメモ書きを書状にくっつけ、突っ返される。

 

 

理由もなく書状が返されたことに菅原屋は納得いかず

あと何度か願い出れば申し出は通るはずと大肝煎に話すが

大肝煎は何度も藩に願い出ることを躊躇していた。

 

そんな中、浅野屋に泥棒が入る。

捕まえてみると、それは以前夜逃げした中兵衛という男だった。

 

中兵衛は夜逃げした時、浅野屋から金を借りていた。

浅野屋は中兵衛に「お金の事は忘れろ・」と言い

さらにはいくらかのお金を持たせたのだった。

 

中兵衛はその恩を返すため、15年間お金を貯め

返すつもりで浅野屋を訪ねたが、息子の浅野屋から

「時効ですよ」とお金を受け取ってもらえなかった。

 

納得のいかない中兵衛は無理矢理お金を渡す為

屋根を登り、そこを泥棒と勘違いされたのだった。

 

自分の知っている話とまったく違う事実を聞いてしまった

穀田屋は真実を聞くために、浅野屋を訪れる。

 

そこで母から聞かされたのは、

父がお金を貯め、藩に上納する事で伝馬の役目を

軽くしてもらおうとしていたこと。

 

父が「守銭奴・ケチ・しみったれ」など

どんな悪評をつけられようと気にせず、

ただ町の為にお金を貯めていた事。

 

その事実を知り、穀田屋は涙します。

 

さらに自分が養子に出されたのは

弟の目が悪かった為、そのしわ寄せが穀田屋に回ってきただけだった。

 

すべての誤解が解け、穀田屋と浅野屋は和解したのだった。

 

結末

大肝煎はもう1度、橋本権右衛門の元へ行き、

今度の行動は親子2代による願いであると訴えます。

 

その話に感動した橋本は直接、萱場の元を訪れ

話を通してもらおうと直訴します。

 

橋本に根負けした萱場は話を受けるが

一つだけ条件を出す。

 

それが、

「藩主は銭を扱わないから小判でなら受ける。」

ということだった。

 

しかしこれは萱場の悪知恵で、

銭を小判に交換すると、損をする状態だったので

小判1000両にするには、さらに8百貫(4800万)必要だった。

 

もう誰もお金を出せない状況の中で

浅野屋はさらに5百貫出すと申し出る。

 

家が潰れてしまうと穀田屋は反対するが

もともと家は潰す気だから、どうしても金を出させてくれと頼む浅野屋。

 

そうしてすべてを絞り出した浅野屋は潰れる運命にあったが、

お金は集まった。

 

萱場はお金を集めたこと驚いたが、

穀田屋たちの願いを聞き入れ、その働きに褒美(小判)を渡した。

 

その褒美を浅野屋に渡そうとするが、浅野屋はそれも拒否。

町の人に配ってくれと頼む。

 

しかし穀田屋は「町の人もこれだけは受け取れないと言っている。」

「だから受け取って欲しい」と頼んでいるときに誰かが入ってきた。

 

入ってきたのは、仙台藩藩主伊達重村だった。

重村は今回の一件の顛末を聞いて、浅野屋を潰さないよう

酒の名前を自ら命名し、この名で酒を売れと命じる。

 

決して、浅野屋を潰してはならんと言い残し、

節約のため、馬も駕籠(かご)もいらないと歩いて帰って行った。

 

こうして殿様が名前をつけた酒は飛ぶように売れ、

浅野屋は潰れずに済んだ。

 

そして、宿場も利息を受け取ることで伝馬の負担が減り

宿場は幕末まで栄えることができた。

 

現在も酒屋穀田屋は商売をしているそうです。

 

誰かのために身を削ってまでお金を貯めるなんて

普通ならできることではないけれど(しかも何年も)

それでも誰かのために生きるということは素晴らしいと思いました。

 

殿、利息でござる。

時間があればぜひ見てください。

 







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